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捕らえるもの、捕らえられるもの
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いつからだろう、
いつから捕まってしまったのだろう。









甘い、香りがする。
蜂蜜入りのホットミルクの香りだ。



「刹那。」

ミルクと同じくらい甘い、低くて甘い声が響く。


振り向けば、白い腕が伸びてくる。
目を閉じれば、頬に手が寄せられる。
黒革の手袋越しに体温を感じれば、
そうすれば、いつだってこの大人は、白くて長いその腕で、俺の身体を絡め取って、温かい胸の中に引き込んでしまう。


背中から肩にまわされる腕。
頭の上には彼の形の良い顎。
キャラメル色の跳ねた襟足が、
耳を掠めてゆく。


俺の身体は、四方八方彼に捕らえられている。




もう、逃げ出せない。















片腕だけで、こんなにもがんじがらめに捕らえられてしまった。
この美し過ぎる蜘蛛は、本当に器用だと思う。




温かくて厚い胸板に鼻をすり付けると、ふんわり甘い香りがした。

「甘い。」

口の中だけで呟くように出した言葉は、ちゃんと彼の耳に届いていたようだ。

頭の上で、僅かに笑う気配がした。
大気が、甘く震えた。




「それはさ、ほら。」

利き手じゃない方の手が掴むマグカップから、ふわふわと湯気がたつ。

「こいつのせいだろ。」

捕らえていた俺の身体をいったん離して、マグカップを手渡そうとする。



絡み付いていた温かい腕が、俺から解かれていく。
身体が自由にされていく。

俺とこの捕獲者との間に、空気の通り道ができる。


くっついていた身体を引き剥がされると、無性に寒く感じた。








寒い。
とても寒い。

普段は何ともないのに。


いったんこの温かさを知ってしまったら、もう手離すことは出来ない。
仕方ない。

俺が捕らえるしか、仕方ない。





俺は、短くてちっぽけな腕を精一杯伸ばした。



「っ!………刹那?」
この大人は、随分驚いているようだ。立派な肢体がビクリと跳ねる。



でも、止めない。
諦めるものか。

故郷では、戦わなければパンは得られなかった。
奪わなければ、水は飲めなかった。
走らなければ、命はなかった。




この熱源は、俺のものだ。離すものか。

両腕を必死で伸ばして、彼の背中を捕らえる。
彼と比べるとまだ細っこい、このちっぽけな身体全体を使って、彼を支配しなければ。


そうしなければ、俺は寒くて死んでしまう。
これは、俺にとって必要なもの。
離すものか。




諦めるものか。












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