大学パロ

憧れが恋に変わる前に
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俺も刹那も普段は、ゼミの研究室に居残って深夜近くまで自主的に実験をしている。

だが、今日は夕方には切り上げた。
刹那の母親、マリナさんのお見舞いに行くためだ。








俺の車で病院に向かう。

近所の花屋で買ったカーネーションの花束と、昨夜刹那が母親にも食べさせたいと言っていた果物のコンポートを持って。






「母さん、具合はどうだ?」

「まぁ、刹那!来てくれたのね。」


花が咲いたように笑う慎ましやかな母子。ちょっとした癒しだ。


「母さん、果物くらいは食べられるか?」

「ええ!点滴だけではお腹がすいてしまってたまらないの。……お肉……。」

「ロックオンが作ってくれたコンポートがあるんだ。綺麗だったから、持ってきた。」

「まぁ!本当に綺麗ね、宝石みたい!」

「それと、花。」

「まぁまぁ、素敵なお花…。ストラトス先生、本当に何から何まですみません…」

「いいえ、お構い無く。」



甲斐甲斐しく母親の世話をやく刹那。

コンポートにフォークを添え、布団や枕を整える。



「あら!?」

唐突にマリナさんはすっとんきょうな声を出した。

「お花を飾る花瓶がないわ。…刹那、マネキン先生の部屋に行ってもらってきてくれるかしら。」

「え?…でも昨日は確かあった…」

「もらってきてくれるかしら?」

「了解した!」

刹那は素早く立ち上がる。


「刹那、廊下はゆっくりね。それと、カタギリ先生とパトリックさんにも挨拶してらっしゃい。」

刹那はコクリと頷き、病室のドアをパタンと閉めた。










刹那の足音が遠ざかって行くのを確認したマリナさんは、ゴソッと布団の中から何かを出した。


「あの子には話しづらくて……。」

彼女が布団の中に隠していたのは、花瓶だった。

「でも、何から何までお世話になったストラトス先生には、やっぱり話さなくてはいけない、と思うんです。」

「………聞きましょう。」




躊躇いをふりきるようにマリナさんは顔をあげた。

「私、今の職場に勤める前は、保育園の保母さんをしていたんです。……とは言っても、日本の資格は持っていなかったので非正規のバイトとしてでしたが、子供は大好きなので毎日が充実していました。」

「そうですか……。」

「ええ。……ですが、この不況で保育園側も経営が苦しくなって…。非正規職員だった私は、今年の3月いっぱいでクビになったんです。」

マリナさんはうつむいた。

「幸い、代わりのバイト先はすぐに見つかって、今勤めている居酒屋さんで働くことができました。でも……」

マリナさんの顔が一層くもる。

「私、ものすごくドジくさくて、一昨日もグラスを9つ割ってしまって……。それで、クビになったんです。」


……あと1つで二ケタかよ!


「退職金がわりに、と店長のシーリンさんが芋焼酎を一本くれたんです。私、お酒には弱いんですけどつい……。」

「それで、昨日は倒れたんですか……?」

「……ええ……。私、自分が情けなくて……。」

マリナさんの大きな蒼瞳にじわりと涙がにじむ。

「……刹那は私と違ってしっかり者だから、いつも迷惑かけちゃうんです。あの子は本当に頭の良い子で……。」

声も、細い肩も震え始める。

「……成績が良くてせっかく奨学金を取れたのだから、勉強くらいはさせてあげたいと思うのに……、本当に情けない母親ですね……」

綺麗な顔が、悲嘆と自己嫌悪で歪む。彼女は身を捩るようにむせび泣いた。



いたたまれなくなった俺は、出来る限り明るく笑った。

「大丈夫です、刹那君はそんなこと思っていません。」

「………え…?」

「刹那君はお母さんのことを尊敬していますよ?」

指で涙をそっとぬぐう。

「“自分を独りで育ててくれた、真面目で優しい”って言っていましたから。刹那君は、お母さんにとても感謝しているんですよ。」

「……そんな…、私…、あの子にそんなこと言われるような、出来た人間じゃ……」

マリナさんは唇を震わせる。


「俺から見ていても分かりますよ、刹那君はお母さんのこと大好きなんだな、って。」

「……せつ、な……。」

再び泣き出したマリナさん。
俺は、その震える細い背中をさすった。

「仕事、また探せばいいじゃないですか。俺、大学側にも待遇の良いバイトが無いか、聞いてみますよ。」

「…ありがとう、ございます……。本当に…、あり、がとうございます……。」

彼女は俺にすがりついてむせび泣き続けた。









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