1/5ページ目 「マーマ、ほんよんでー」 家事を一通り終えたマリナが特売のチラシをチェックしていると、4歳になる一人息子がエプロンを引っ張ってきた。 「あら、刹那。今日も機動戦車トマースの絵本?」 刹那は男の子だからか、マリナの好きな王子様モノの童話はあまり好まなかった。 まだ言葉を話せないうちから、電車や飛行機などの乗り物に興味を示していた。 最近は、機動戦車トマース君が大のお気に入りである。 「ちがう。これーっ!」 ズイ、と突き出された分厚い本を見て、マリナは吃驚した。 「………宇宙への…道?」 著者はユーリィ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン。最も有名な200年前の宇宙飛行士の伝記だ。 こんな本、うちにあったかしら、と首をかしげる。 埃まみれなので、おそらく夫の若い頃のガラクタの中から見つけたのであろう。 それにしても、こんな難しそうな本、私には読めないわ……。 「刹那、この本はちょっと刹那には早いんじゃないかしら?」 「これがいい。……オレがガガーリンだ!」 ……最近、機動エレベーター建設計画のニュースをTVでよく見る影響だろうか。 刹那は、シャトルを見る度に大きな目をきらきら輝かせるようになった。 夫譲りの意志の強そうな赤銅色の瞳。 本を読み聞かせる時に垣間見える野心的な視線。 最近ますます夫に似てくる愛息子に、マリナは不安を感じていた。 刹那はまだ4歳だと言うのにとても賢い。 見たもの聞いたものは全て覚えてしまう。 買い物でも、見切り品の割り引き計算をマリナよりも早くする。 もし、この子の興味の対象が戦うことに向いてしまったら……。 既に3ヶ月間も音信不通の戦争好きな夫のようになってしまうかもしれない(一応、口座には毎週多額の金が振り込まれてはいるが)。 血はあらそえないとしても、せめて刹那には正しい指導と最高の教育を受けさせたい。 立派な技術者か学者になって、この才能と探究心を生かして貰いたい。 兵士にだけは絶対にさせたくない……。 マリナは、最近ますます悪くなっていくクルジスの国内外の情勢のニュースを、できるだけ刹那に見せないように細心の注意点を払っていた。 「おれがガガーリンだっ!」 「まあ、刹那は宇宙飛行士になりたいの?」 「そうだっ!おれが、うちゅうひこうしだっ!」 先週買って貰ったスペースシャトルのおもちゃをブンブンと振り回す。 「それはとても素敵なことだと思うわ。」 「ほんとうか?」 ギュッと母親の腰に抱きついて、嬉しそうに見上げてくる。 もう一押しだ。 「ええ。でも、お母さんは刹那に王子様になってもらいたいわー。」 「………おうじさま…?」 「そう!白馬に乗った王子様!だから、この『眠り姫』を読みましょうよ。」 マリナはすかさず自分の大好きな絵本を差し出す。 まだ刹那には、一度しか読み聞かせたことがない。 「…………………プィッ。」 そっぽを向いてガガーリンの自著伝を抱きしめる刹那。 やはり、自分がこの難しそうな本を読み聞かせなければならないのだろうか……。 ―――ガツン、 ふいに、玄関の石段を昇る足音が聞こえてきた。 聞き間違えるはずのない、この重い足音。 ハッとマリナは振り返る。 「………マーマ?」 「刹那、父さんよ。父さんが帰って来たんだわ!」 マリナは絵本をゴトンと床に落として、玄関に期待の眼差しを向ける。 ――ガツッ、ガツッ、ガツッ、ガツッ、 マリナも刹那も、息を飲んで今か今かと見つめる。 ――ガツッ、ガツッ、ガツッ、ギィィィー 「あなたっ!」 「ジージッ!」 玄関に駆け出した母子は、5歩ほど走って、それから止まった。 「………マーマ、あれ、誰だ?」 「……え…、………ア、アリーなの?」 いつもは薄汚れた服かパイロットスーツしか着ない、ボサボサ赤毛の父親。 その彼が、髪を緩く後ろで束ね、スタイリッシュなスーツをビシッと着こなしている。 「おいおい、久しぶりのお帰りだと言うのになんだ?そのツラは。久しぶり過ぎて旦那様の顔も忘れちまったか?」 ニヤリと不遜な笑みを浮かべる夫。 「……そんな、忘れるだなんて……、」 マリナはなおも口をぽかんと開けたままだ。 あまりの変貌っぷりに、言葉があとに続かない。 第一、ヒゲがない。 彼のきれいにそられた顔は、結婚する前から一度も見たことがなかった。 ワイルドさは残したままだが、今の夫は精悍な美男子に化けていた。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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