1/1ページ目 下弦の月が輝いていた。 馬場は軽い口づけを残しベットから出ると、素肌にシャツを羽織る。そのまま窓に近付いて閉まっていたカーテンを細く開けると、そこから空を眺めた。 少なくはない雲の合間から、半分に欠けた月が輝いている。 「なんか音がせんかったかえ」 ベットの中から、気怠げな声が聞こえてきた。 「気のせいじゃろ。うちには聞こえんかったが……」 「いや、確かに聞こえた」 声ははっきりとしたものに変わった。 寝転がっていたところを起きあがると、パジャマを着て上着を羽織る。 そしてベットから抜け出した。 「ちょっと見てくるきに、先に寝ててええが」 そう言って部屋を出ていってしまう。 窓辺にさっきまで抱き合っていた相手を残して……。 また、音が聞こえてきた。 その音を追って、最首は歩いていく。 三度目の音。 それはどこかで聞いたことのある音だった。 「……なんで銃声が、こんなところで聞こえるんじゃあ」 木々の間を抜け開けたところに出ると、ひとりの少女の姿が見えた。 ショートカットの髪を風になびかせ、腕を水平に銃を構える少女。 その銃口は最首へと向かっていた。 最首は全身に殺気をたて、全速力で少女のところへ走り寄る。 少女を組み伏せようとして、すんでの所で阻まれた。 「つまらない、ね」 少女はそう言って銃口を突きつける。 最首が一瞬動きを止めたすきに、少女は逆に最首を組み伏せた。 最首の胸に銃口を突きつけたまま、少女の視線が最首の首筋から、胸元を這う。 そこには綺麗な花びらが散っている。 「少しは、楽しみもあるってことかな」 少女は初めて唇をゆがませて笑った。 その唇が、最首の唇へと重ねられる。 地面へ放り出された最首の手が握りしめられる。 「力、抜いたら?」 「そ、がいなこと……できるか!」 つい先ほどまで馬場に抱かれていた体は、ほんの少しの刺激で感じてしまうほど、敏感なままなのだ。 「最首!」 部屋を出て行ったまま戻ってこない最首を捜しに来た馬場が、組み敷かれている最首を見付けると駆け寄ろうとする。だが、それは最首に突きつけられた拳銃に阻まれた。 「それ以上近付いたら、引き金を引くよ」 「……」 馬場はその場に立ち止まった。 「気がそがれたな。せっかく、これからお楽しみだったってのに」 少女の言葉に最首はさらにきつくにらみつけた。 それを見て、少女は微かだが初めて笑みらしい笑みを見せた。そのまま再び口づけると、素早く体を起こして最首を解放した。 体が自由になったことで、最首も素早く起きあがると構える。 油断ないその様子に、少女は薄く笑う。 「今度は、あたしの部屋に来なさいよ」 少女はそう言い残して、悠然と去っていった。 「最首……」 馬場は、殺気を消して立ちつくす最首の側へ寄る。こんなとき、口に乗せられる言葉が名前だけしか見付からないのがもどかしい。 近付いてくる気配に暖かさを感じつつも、最首は視線を斜めに落とし、口の端だけで苦く笑った。 「悔しいぜよ。あいつ、絶対強いのにケンカもさせてもらえんかった……」 「……」 「うち、勝てるかどうかもわからんかった。けんど、けんど……」 「それ以上言うなや。わかっちゅうから」 馬場は的確に最首の心理を読んでいた。もう、長い付き合いなのだ。意識せずともわかってしまった。 きっとケンカになっても、最首は勝てなかっただろうと馬場は思っていた。それでもケンカをして負けたならば、まだあきらめもつくし、納得もしただろう。それをさせてもらえなかった相手は、今までにいなかった。 馬場は左手を最首の頬に当て顔を上げさせると、目尻を拭ってやる。 悔しさに微かににじんでいた涙が、馬場の指先を濡らした。 「おまんには、弱いところばかり見せちょるの……」 「ちゃんと強いところも知っちゅうよ」 最首のことなら強いところも弱いところも知っている。 そして、それを最首もわかっているのだ。 微かに吹く風は冷たい。 部屋へ戻るとき、今まで忘れていたそれに気付いた。 「あいつ、見かけん顔じゃったのう」 一瞬、最首は少女が歩いていった方角を振り返った。 「気になるかえ」 「気になる」 再び歩き出しながら、最首は足下の石を蹴った。 その横を馬場は歩く。 「しようがないの。調べとくぜよ」 「ん……」 最首の様子に微かに苦笑を浮かべると、視線を空へと向ける。 下弦の月は、その位置を大きく変えていた。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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