■ あすか組

気まぐれラヴァー
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 外階段の二階建て、築二十年以上、六畳一間に狭い台所が付いたボロアパート。おかげで人の出入りが丸わかりなのは、ありがたい時もあった。
 階段を上りドアの前で止まった足音は、ここ最近でヨーコにとってなじみの出来たものだった。だが、部屋の中に人がいることはわかるだろうに、その足音の主は去っていってしまった。来るときの軽快なリズムとは違う慌ただしい駆け足で。
 まどろみの中それを聞きながらヨーコはかすかに笑っていた。


 翌日の同じ時間、昨日と同じ来客が来た。今度は部屋のドアを開いて。
「入ってきなよ、あすか。今日は誰もいない」
 ドアを開けたまま玄関に立ちつくしているあすかに、ヨーコは声をかけた。
 それでも動く気配がないので、あすかの側まで行き手を引くとドアを閉めた。
「ヨーコ」
「昨日も来たんだろ? なのに帰っちゃったんだ?」
 まっすぐに見上げてくる瞳がヨーコの言葉に揺れ、頬は赤く染まる。
「入ってこれるわけ、ないだろ」
 俯いて小さく答えるあすかに、声を上げて笑った。
「ガキには刺激が強かったな」
 外からの音が容易に聞こえるということは、中からの音も外に聞こえるということ。
 昨日あすかはドアの外で部屋の中から聞こえるヨーコの声を聞いた。情事の最中の艶を含んだ声を。
 だからあすかは走り去ってしまったのだ。
 ヨーコは掴んだままの手をさらに引いて部屋の中まで連れて行く。
 飲み物の用意している間、あすかはベットに寄りかかり膝を抱えていた。目の前にカップを差し出され、やっと顔を上げる。
 ヨーコの顔を数瞬見つめて、何かを思ったようだった。
「あたしにもキスして」
 ヨーコの手があすかの頬に触れ、包み込むように撫でた。
「興味あるのか?」
 あすかが頷くと、包んでいた頬を抓った。
「馬鹿だね、ああいうのは男とやるだろ」
「けど、あたしはあんたとしてみたい」
 その言葉にヨーコはさらに強く頬を抓る。
「お前、そういうこと、他の奴に言うなよ」
 あすかの挑発的に見つめてくる瞳はどこまでもまっすぐだ。
 人を本気にさせることは簡単だろう。
 抓っていた手を離し、痛みを和らげるようにさすると、あすかは拗ねるように唇を尖らせた。
 ヨーコはそこに唇を重ねる。
「これは親愛のキス」
 軽く触れただけで離れていく唇に、あすかは何をされたのか気付いて顔を赤く染めた。
「この先もしてみたいか?」
「いい」
 あすかは唇を手で被い、小さく首を振る。その様子に笑うとヨーコは落ち着かせるように髪を撫でる。
「お前は、まだこういうこと覚えるなよ。女はさ、体を許すと相手しか見えなくなることが多いからな」
「あんたもそうなの?」
「昔のことさ」
「ふうん」
 それ以上は聞くなと制する雰囲気を感じ取って、あすかは言葉を飲み込んだ。
 ただ、ヨーコが経験から言っていることを信じる。
 そうして世界が少しずつ広がっていく気がしたから。


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