1/1ページ目 外階段の二階建て、築二十年以上、六畳一間に狭い台所が付いたボロアパート。おかげで人の出入りが丸わかりなのは、ありがたい時もあった。 階段を上りドアの前で止まった足音は、ここ最近でヨーコにとってなじみの出来たものだった。だが、部屋の中に人がいることはわかるだろうに、その足音の主は去っていってしまった。来るときの軽快なリズムとは違う慌ただしい駆け足で。 まどろみの中それを聞きながらヨーコはかすかに笑っていた。 翌日の同じ時間、昨日と同じ来客が来た。今度は部屋のドアを開いて。 「入ってきなよ、あすか。今日は誰もいない」 ドアを開けたまま玄関に立ちつくしているあすかに、ヨーコは声をかけた。 それでも動く気配がないので、あすかの側まで行き手を引くとドアを閉めた。 「ヨーコ」 「昨日も来たんだろ? なのに帰っちゃったんだ?」 まっすぐに見上げてくる瞳がヨーコの言葉に揺れ、頬は赤く染まる。 「入ってこれるわけ、ないだろ」 俯いて小さく答えるあすかに、声を上げて笑った。 「ガキには刺激が強かったな」 外からの音が容易に聞こえるということは、中からの音も外に聞こえるということ。 昨日あすかはドアの外で部屋の中から聞こえるヨーコの声を聞いた。情事の最中の艶を含んだ声を。 だからあすかは走り去ってしまったのだ。 ヨーコは掴んだままの手をさらに引いて部屋の中まで連れて行く。 飲み物の用意している間、あすかはベットに寄りかかり膝を抱えていた。目の前にカップを差し出され、やっと顔を上げる。 ヨーコの顔を数瞬見つめて、何かを思ったようだった。 「あたしにもキスして」 ヨーコの手があすかの頬に触れ、包み込むように撫でた。 「興味あるのか?」 あすかが頷くと、包んでいた頬を抓った。 「馬鹿だね、ああいうのは男とやるだろ」 「けど、あたしはあんたとしてみたい」 その言葉にヨーコはさらに強く頬を抓る。 「お前、そういうこと、他の奴に言うなよ」 あすかの挑発的に見つめてくる瞳はどこまでもまっすぐだ。 人を本気にさせることは簡単だろう。 抓っていた手を離し、痛みを和らげるようにさすると、あすかは拗ねるように唇を尖らせた。 ヨーコはそこに唇を重ねる。 「これは親愛のキス」 軽く触れただけで離れていく唇に、あすかは何をされたのか気付いて顔を赤く染めた。 「この先もしてみたいか?」 「いい」 あすかは唇を手で被い、小さく首を振る。その様子に笑うとヨーコは落ち着かせるように髪を撫でる。 「お前は、まだこういうこと覚えるなよ。女はさ、体を許すと相手しか見えなくなることが多いからな」 「あんたもそうなの?」 「昔のことさ」 「ふうん」 それ以上は聞くなと制する雰囲気を感じ取って、あすかは言葉を飲み込んだ。 ただ、ヨーコが経験から言っていることを信じる。 そうして世界が少しずつ広がっていく気がしたから。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |