■ 銀英伝【ライヤン】

cycle third stage
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 平穏が宇宙を覆う。
 それは同盟と帝国の間の歴史ではままあるものだったかもしれない。配線の処理と、勝利の謳歌。一時的なものであると承知の上で、人々はそれらの平穏を享受する。
 その姿は帝国軍の中枢、ローエングラム伯爵の元帥府でも見られた。
「ヤン中佐、今日は卿の部屋へ行っても良いか?」
「今日は閣下のところへ伺うことになっていたはずですが」
 キルヒアイスはともかくとして、人がいない隙を見つけて仕事が終わった後の予定を離すことも習慣になりつつあった。
 ラインハルトの下宿先へ行くときはキルヒアイスを交えて三人で語り合い、ヤンの部屋へ行くときは当然のように躯を重ねる。やっとそんなパターンができたころには、ラインハルトはヤンの部屋へ行きたがり、ヤンはラインハルトの下宿先へ行きたがるという、二人の間の駆け引きもあって。
「私は知らないが」
「夫人と約束してるんです。キルヒアイス閣下には了承を取ってあります」
「キルヒアイスの奴、勝手に……」
「夫人の料理、楽しみにしていたんですが」
 結局、ヤンの意志が通ることが多い。
 それはキルヒアイスを味方に付けているというのもあるが、ラインハルトがヤンには弱いというのもあった。それこと惚れた弱みというもので。どんなに二人の関係が親密になったとしても、無意識のうちに自分の方がより相手を好きなのだと思っていたのかもしれない。
 どちらにしろ仕事後の時間を一緒に過ごせるということで、ラインハルトはそれだけで十分幸せを感じることができるのだった。


 その夜は久々にミッターマイヤー家へロイエンタールが訪れていた。
 二人で飲むときは外で、ということが多いとはいえ、時々はエヴァンゼリンに誘われてミッターマイヤーのもとで飲むことになる。エヴァンゼリンは男二人の会話には口を挟まず、ほぼ放っておいてくれるため結果的に外で飲むよりも深酒になってしまうのが、翌日辛いところではあったが。
「なんであいつなんだろう、な」
「ん?」
 エヴァンゼリンが用意したつまみはあらかた消費され、酒も残りが少なくなったころロイエンタールは物思いに耽るようにしながら、ふと言葉を漏らした。手は一口で飲み干せるほどしか酒の入っていないグラスを弄んでいる。
「ヤン・ウェンリーだ。今夜も閣下のところへ行っているらしい」
「ああ……」
「なんであいつを麾下に加えたんだ? 何の役にも立ってはいないだろう?」
 それなのに。
「納得がいかないか?」
「当たり前だ」
 本当に、何の実績も上げていないのに。
 ヤンに対する不満をつらつらと上げていくロイエンタールを、ミッターマイヤーは聞き流しながら相づちを打っていた。
 ここのところ酔うとそのことばかりなロイエンタールにも慣れてきている。そうやって聞いてやっていれば、満足してそのうちに眠ってしまうのだから。
 案の定、いつの間にか声は小さくなっていき、ロイエンタールは眠りに落ちていた。幸いなことに手に持っているグラスから酒はこぼれずにあり、ミッターマイヤーはそれを離させるとテーブルへと置く。
 不満を口にしていたにも関わらずロイエンタールの寝顔はそれを全く感じさせないもので、ミッターマイヤーは微かな苦笑いを浮かべてその顔を見る。
「どこかお前もヤン中佐を認めているから、口で言うだけで気が済んでるんだろう?」
 それも俺に向かってだけな。
 たぶんその理由は士官学校時代のことにあるんだろうとミッターマイヤーは踏んでいた。本人が言わないのでなぜなのかまではわからないが。
「ま、でもなあ……。俺は閣下に年相応のお顔をさせることができるだけでも、すごいことだと思うんだがな」
「あなた……」
 独り言を呟いていると、毛布を持ったエヴァンゼリンが入ってきていた。静かになっていたので、どうなっているかを察したのだろう。
「まだ起きていたのか。悪いな、いつも」
「いいえ」
「明日も仕事だ、俺達も寝るか」
 エヴァンゼリンがロイエンタールに毛布を掛けるのを待ち、ミッターマイヤーは部屋の明かりを落とした。


「ヤン!」
「おはよう、ビッテンフェルト」
 元帥府の入口で大声で名を呼ばれ振り向けば、ビッテンフェルトが駆け寄ってくるところだった。
 追いつくのを待ち一緒に入っていく。
「昨夜出かけてたか? ヴィジホンがずっと繋がらなかったが」
「閣下のところにおじゃましてたから」
「最近多いな、毎日のようじゃないか」
 体中でおもしろくないという雰囲気を振りまきながら、口でも不満をヤンにぶつける。
「だいたいせっかく同じ配属になったってのに、前よりも付き合いが悪いぞ、ヤン。飲みに誘っても、もう予定があるからって何度断られたか」
「そうだねぇ」
 それにヤンは笑って答える。全く悪いとは思っていないヤンの態度。鈍いとも言えるようなのんびりとしたものは、いらつかせることも多いとはいえ、それがいつも変わらないことであるものであるところは気に入っているところである。
「だから今日こそ、俺と飲みに行こうな」
「いいけど……」
「よし」
 あっという間に、先ほどまでの気分を一変させて嬉しそうになる彼に、ヤンは苦笑を浮かべる。
「だけど君の機嫌が悪くなるのは私と飲みに行けないからだけじゃないだろう?」
 私ばかり閣下と飲むことがあるから、君も閣下と飲みたいんじゃないのか? とヤンは機嫌良くなったビッテンフェルトを逆戻りさせるようなことを言う。
 けれどビッテンフェルトは豪快に笑い飛ばしてくれた。
「まあ、な。けど今日は卿と飲みに行けるからいいんだよ」
 そう言ってくれることにヤンは安堵を覚えることに気付いていた。
 彼の存在が確かな救いとなっている。周囲とのことをあまり気にすることのないヤンでも、ラインハルトとのことがあるせいか遠巻きにされているような気分であったのだ。けれど気付かずとも彼がその空気を吹き飛ばしてくれて。
(持つべきものは友、だなぁ……)
 とは思いつつも、ラインハルトとの関係の本当のところまでは気付いていないらしい彼が、知ったときにはどんな反応を示すのかと。ラインハルトに心酔している部分があるだけに、微かな不安ではあるのだが。
「ところで、今日は卿の奢りで良いのか?」
「冗談だろ」
「奢りだよなあ」
 嫌だよといいながらも、奢らされる覚悟は決めてヤンは仕事場へと向かった。




 ヤンが自分の部屋で会うよりもラインハルトの下宿先へ行きたがるのは、翌日の躯のつらさが理由であるのだが、飲まれずに飾られているだけの貰い物の高級酒が目当てでもあった。そうそう飲めない酒を飲めるというのは酒好きのヤンにとって楽しみで。
 キルヒアイスはそんな彼をわかって、なるべく自分もいる下宿先が逢瀬の場所となるようにラインハルトを説得していた。もちろん、本当のところの理由は隠して。
 なにせそういう関係になった経緯を聞いているだけに、いつヤンがラインハルトを捨てるかとの不安もあった。
 また、ラインハルトがヤンに興味を持つきっかけを作ってしまったのが自分であるため、ラインハルトのわがままに苦労をかけてしまっている申し訳なさもあった。
 けれど二人に混じって自分も身を置いてみて、決してラインハルトの一方的な好意ではないのだと思い知らされた。言葉の端が優しかったり、本当に時々ではあるが少し潤んだ瞳で見つめる姿に。
 そういうことがわかったころ、一度だけキルヒアイスは尋ねた。
「ヤン中佐も、ラインハルト様のことがお好きですか?」
「そう、ですね……」
 素直に言葉に出すことを恥ずかしがるような返事は、ヤンの内心をうかがわせて。
 キルヒアイスはそれきり、二人の間のことについて心配するのはやめることにした。ヤンがラインハルトのわがままに困っている時に口を出すくらいにして。


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