■ 銀英伝【ライヤン】

唇の感触
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 一度だけ、キスをした。
 触れるだけの。

 二度目のキスは、いつになるだろう……。
 止めたのは、自分だった。
 でも本当は、自分の方が待ちわびてるかもしれない。

 その、待ちわびるキスが、いつの間にか自分の中でキスへの思いを変えていた。


 ヤンは久しぶりに皇宮へ赴いて、久しぶりにラインハルトの姿を見かけた。だが、ラインハルトはヤンに気付くことはなかったようだった。
 瞬く間に、ラインハルトは成長している。成長期だから、というだけではない。
 ラインハルトを見かけるたびに、ヤンはそれを楽しみにしていた。
 それと同時に、自分の変わらなさも感じてはいたけれど。

 その夜の夢。
 思い出すこともなかった、過去の一瞬。

 人の腕の中で、それを暖かく感じて。
 でもそれも、一瞬のことで。

 唇に触れたのは、彼の唇。
 下唇から上唇へ順に吸われ、彼の唇はヤンのそれから離れていった。
 何が起こるかわからなかったヤンの瞳は見開かれたまま、離れていく彼の顔を焦点の合わないまま、見ていた。
 ヤンの肩にまわされていた彼の腕も離れていく。
「ヤン……」
 名前を呼ばれるまで、ヤンは指一本動かせないほど、体を硬くさせたままだった。
 名を呼ばれて、顔ごと視線を下へと移す。
「好きだ、ヤン……」
 そう言ってヤンの頬に手を当て、上を向けさせ再び口付けようとする彼の胸を、ヤンは思い切り押して逃れる。
「……何も、感じないんだ」
 ヤンは自分の鼓動が早くなっていることを自覚していた。
 気を抜けば、鼓動の響きが、手の震えとなって現れそうにそうだった。
 それなのに。
「何も、感じない……」
 嫌悪も悦びも感じない。
 ただ、心が空虚だった。

 目覚めたら、苦しい気持ちが心に満ちていた。
 自分の頬が濡れているのを感じてヤンはぽつりと、つぶやいた。
「悲しかったのかな……」
 あのとき、心が何も感じなかった訳。
 ラインハルトと出会って、それを感じ取ったのかもしれない。
 好きでもない人と交わすキスが、悲しい……。

 ラインハルトと交わした、たった一度だけの、触れるだけのキス。
 たぶん、ラインハルトを見かけて、そのときのことを無意識に思っていた。
 だから思い出してしまったのかもしれない。

 心に何もないのは同じ。
 でも。
 その暖かさが、違う。
 言葉で表す必要がない、心を充たした感情。

 ラインハルトと交わした、たった一度の、触れるだけのキス。
 自分の中にあった何かを変えたもの。

 二度目のキスは、自分が止めた。
 今は、それを少し後悔しているかもしれない。
 でも、それを待っている時間でさえ、ヤンの心を暖かく充たしていた。


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