■ 銀英伝【ライヤン】

永遠に幻に抱かれるよりも
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 深遠の闇。
 己こそが無限の、永遠のものであると疑わないかのように存在している。
 数多の星々があるにも関わらず、存在していないかのようにさえ思わせてしまう虚無性。



 帝国暦四九0年四月三日、帝国軍の総司令官は惑星ウルヴァシー上に建設された宿舎にいた。調度のひとつもない簡素な一室。
 夜半にエミールを昔姉に言われていた言葉で下がらせると、ラインハルトは窓辺にたたずみ、夜空を見上げる。
「お前が望んだことだ。望み通りにしてやったからには、私の前に出てくるだろうな、奇跡のヤン」
 独語がこぼれる。
 作戦はすでに提督たちに伝えた。
 明日、四月四日にはミッターマイヤーがエリューセラ星域に向け発つ。
「そう、四月四日だ」
 期せずしてそうなった。
 タイミングがあっただけのことだ。
 情報の一つとして記憶している、敵将の生年月日。
 夜空を見上げれば、その先には宇宙が広がっている。
 戦場となるべき、戦う場所である宇宙が。
 手を硬質ガラスへ伸ばすと一瞬のガラスの冷たさの後に、己の血管が脈打っている感触があった。
 やっと、ヤン・ウェンリーと戦える。
 昂揚感で満たされていくのを感じていた。
 そして一瞬の幸福感。
 最大の敵を得ようとしていることへの。

 だがそれらは、本当に一瞬のものでしかなかった。
 掌で感じるガラスの感触はラインハルトの体温をかすかに反映していても、冷たいものに戻っている。
 気が高ぶっていた反動で、ラインハルトはぼんやりとしていた。
 すべてを射るような視線は失せ、視点を定めぬままに宇宙を見上げている。



 お前は俺との戦いを望んでいるのだろう?
 直接戦火を交え、俺を殺したいのだろう?
 それだけが、同盟軍を勝利へと導くのだから。

 俺はお前と戦いたい。
 だが、お前を殺したい訳ではないのだ。
 ただお前と戦い、決着をつけたい。



 とりとめのないままに流れる思考。
 ラインハルトは流れるままにそれを捉えていた。



 決着がつくそのときに。

 生きているのはお前だろうか。
 それとも……



 悪寒が走る。
 ラインハルトは無意識に己の体を抱きしめていた。
 そうして体が震え出すのを防いでも、寒気を感じるのを防ぐことは出来なかった。
 死ぬのが恐い訳ではない。
 志半ばで死んでも、自分がそれだけのものでしかないということだ。
 ヤン相手なら、それで終わっても良い。
 だが、自分が生き残ったら?
 生きていくのか。
 一人で。
 友はただ一人だけだ。
 今はもう存在しない。
 ならば敵は。
 それも一人だ。
 ヤン以外誰を敵とすれば良いのか。
 友と敵を失って自分はどうやって生きていくのか。
 ラインハルトはその場に崩れ落ちた。
 片手で己を抱きしめたまま、もう一方の手で体が完全に崩れるのを防ぐ。
 深呼吸をして体を落ち着けると立ち上がり、よろけながらベットまで歩いた。
 膝にベットの端があたるとそのまま倒れ込んだ。
 手が胸元のペンダントをまさぐる。
 それでも。
「戦うのをやめはしない、宇宙を手に入れるまで。それが俺の選んだ生き方だ。キルヒアイス……」


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