スポーツカーの呪い


 『理由なき反抗』『エデンの東』『ジャイアンツ』のわずか3作品の代表作を残し、突然の自動車事故により疾風のごとくこの世を去った銀幕のスター、ジェームズ・ディーン。ディーンの死は衝撃的だったが、やがて彼の乗っていた車に関わった人物が、次々と不幸に見舞われていった。


 ディーンが自動車事故で亡くなったのは、『ジャイアンツ』の撮影を終えた後の1955年9月30日のことだった。愛車・ポルシェ550スパイダーに乗り込み、ロサンゼルスからサリナスへ向かう途中、前方から走ってきた車と正面衝突した。週末、サリナスで開催されるレースに出場する予定だった。

 大破したポルシェの残骸は、ディーンのレーシングチームのスタッフだったジョージ・バリスが買い取った。使用可能な部品は二人の医師に譲り渡され、残ったボディは交通安全キャンペーンに展示されることになった。二人の医師は、ディーンの死の翌年、ポルシェの部品を装備してレースに出場したが、ポルシェのエンジンを搭載したウィリアムス医師の車はレース中にタイヤが外れ、居合わせた警官に怪我を負わせた。ポルシェのバックスイングアームを搭載したトロイ医師は、レース中にスピンし、樹木に激突し死亡した。カリフォルニア警察主催の交通安全キャンペーンに使われるはずだったボディも、1959年、警察署のガレージ火災で焼け焦げてしまった。

 その後、焼けたボディを修理してサクラメントの高校に展示したところ、展示台からポルシェのマウントがはずれて落下し、高校生が大ケガを負った。さらに数週間後、ポルシェはサリナスの展示会場へ送られることになったが、移動中に運搬トラックがスリップして衝突事故を起こし、運転手が外に投げ出されて死亡している。

 その後も事故は相次ぎ、オークランドではトラックに積まれていたボディの一部が道路に転がり、別の事故を誘発させた。オレゴンでは運搬中、トラックのブレーキが故障し、店に突っ込んで店舗を全壊させた。

 さすがに怖くなったバリスだが、キャンペーンはやめようとせず、念のために今度は貨物列車で輸送することにした。ところが、運搬中、ポルシェのボディは、忽然と姿を消してしまった。

 また、ディーンが事故を起こしたとき、ポルシェに同乗し、そのときは一命を取りとめたラルフものちに事故死し、その日、別の車でポルシェの後ろについていったカメラマンや、俳優のビル・ヒックマンも、のちに事故死している。さらに、ポルシェとまったく関係のない人物、『理由なき反抗』でディーンと共演したサル・ミネオも謎の死を遂げている。

 なお、貨物列車で姿を消したポルシェは、バリスが私立探偵まで雇って行方を探したが、現在にいたるまで、行方不明のままである。





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